「茅ヶ崎市長らしさ」とは・・・?

「みどりと公園の保存」は、市長選挙の政策にない

11月9日号(2018年)のタウンニュースに、「茅ヶ崎市景観計画」の記事がのっていた。

茅ヶ崎市は、市民一人当たりの公園面積が県内で最下位レベルにある。

特に市の南側(海岸側)でのみどりの減少は深刻だ。借地公園や保存樹林なども次々に消滅する一方で、みどりと公園の保存は、全市的な急務となっているのに、今回の茅ヶ崎市長選挙に出馬した3名の政策には、まったく入っていないと思う。

なぜ急務かといえば、「みどりと公園のスペース」はいったん失われれば、二度と戻ってこないからだ。

茅ヶ崎市は、昭和の時代から今まで、市長を先頭とした行政が「みどりと公園」に関心を払ってこなかったし、意識も低かった。他市と比較しても放置に近い状態。だから、そのツケは、今、とても大きく出ている。

たとえば、海岸側のメインストリートである鉄砲道や、市役所や中央公園のある大通り、そこの街路樹や樹木下がどうなっているか観察して見るだけでも、市の無関心さは一目瞭然だと思う。

みどりの維持管理や保全と同時に、まちの景観を大切にしていく姿勢や意思もどこからも感じない。

クラスターだからみどりと公園がない、みどりと公園がないからクラスター、

実際に、クラスター地域の貴重な借地公園の買い取りにも失敗した。

置いてあるベンチも都内など木製なのに、茅ヶ崎市はプラスティックだ。


f:id:Merimaa88:20181111001633j:plain

分厚いだけの計画書は、市民に迷惑

「みどりや公園の保存」は、景観の美しさとは密接につながっていく。

「茅ヶ崎市景観計画」は、2008年から運用を開始し、全面的な改訂への最終調整をしているという。

景観というのは、市全体にかかわる重要なことなのに、市が発行する「広報ちがさき」に記事が載らずに、なぜタウンニュースなのか。そこら辺もよく理解できない。

そして、結局のところ・・・いつものことながら、茅ヶ崎市の景観としてどうしていきたいのか、茅ヶ崎市としてどうしたいのかは分からない。

総合計画の説明会にしても何でも(出席したことのある市民は知っての通り)、行政からいきなり分厚い計画書を渡されて、それを読んで意見を出せ、パブコメを書けと言われるのは、市民にはもはや迷惑千万、なぜもっと簡潔に分かりやすい資料を作成しないのかという要望は多い。

それでも、高齢の方が一生懸命に理解しようとページをめくる姿を見ていると、まあ何と不親切で冷淡な市なのかと思う。

コンセプトばかりが冗長で、市民は読む気力が失せてしまう。質問したって、市の管理職から戻って来るのは中身のない回答ばかりだ。


「職員の働き方改革」を政策にしている候補者は、分厚い計画書づくりが仕事のメインになっていて、本来の市民サービスがおろそかになっている実態は知っているだろうか?

職員がキチンとした「専門性を持って」、「計画を実行できる」というステップが重要なのに、これは茅ヶ崎市は本当に弱くてポッカリと空白になっている。

新しい市長は、この専門性のなさと計画性のなさを一新しないことには、役所の古い体質は改善されないし、結局のところ、迷惑を受けるのは納税者である市民なのだ。 

「茅ヶ崎市長らしさ」も定義してみたら?

景観計画の改訂として行政は「茅ヶ崎らしさ」を定義したのだという。(担当は景観みどり課)

そもそも「~らしさ」という言葉が適切なのか? 

行政があえて定義することなのか? というのは、審議会やパブコメなどでも指摘されていて、景観みどり課は見直すと言っていたが結局作成した。

これまで市が行ってきたアンケートから抽出して、「思い立ったら、気軽に行けて、のんびりと過ごせる」「ほどよく何でも近くにある」など『人とまちの距離がちょうどよい』ことが、地域としても茅ヶ崎の魅力にあると結論付け、計画の基本理念を「軽やかな気持ちで過ごせる空間をつくる」と設定したそうだ。

そうか、こういった「茅ヶ崎らしさ」を景観みどり課は結論付けて作成できてしまうのならば、「茅ヶ崎市長らしさ」も市民にアンケートを取って、それを集計して定義したらよいのでは?

「そんなこと、とてもできません」と言うだろうか? では行政による「茅ヶ崎らしさ」の結論付けはなぜできてしまうのだろう?

「茅ヶ崎らしさ」は行政の計画にとって都合の良い誘導に使うのではないか・・・? 今までの例を見ているからそう思う。

茅ヶ崎市は税金を使ってこんなことばかりしている。

いずれにしても、3人の市長候補が、茅ヶ崎市の厳しい財政の現状をどこまで把握できているのだろう?
なぜ、茅ヶ崎市がここまで厳しい財政状態に追い込まれて、市民生活が窮乏しているのか、原因を分析できてるだろうか?

それが出来ていない市長が誕生すると・・・市民生活はさらに窮乏して行くばかり。

言葉はわるいけれど、今までの現状を見ていると「市民のサイフにたかる」ような税金の使い方、政策の作り方、それが財政の窮乏の原因になっている。それをチェックできなかった市議会議員の責任も重い。